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本の匂い

2013.02.15.Fri
※今回語りモード入ってます。

前回ETS公式1000の匂いについてレビューしたので、ついでに「本の匂い」について語ってみます。

別にTOEIC本だけということでもないが、購入したての新しい本には刷りたての瑞々しい匂いが満ちている。
商品の棚に陳列された時点で、それぞれの本にはすでに強い個性の匂いの歴史ができている。
そしてその本を誰かが購入し、本の歴史が独自に進化する。

ドリカムの中村正人が「曲ってのはCDになってからが始まりで、そこからライブなどでアレンジされていって、どんどん変わっていく」と言ってたが、本も似たようなものである。
本は驚くべき速さで家の匂いを吸着し、その中に閉じ込める。しかし、その本を読む本人にはそのことに気づくことはできない。その本を外に持ちだした時、初めて家の匂いがどういうものなのかを、本が気づかせてくれる。
そして、その本を家に持ち帰ったら、今度はその本がどんな外の匂いを吸ってきたことに気がつくのだ。

言うなれば、本というのは匂いの蓄積の歴史とも言えると思う。
幼少の時に開いた本は、ミルク臭い匂いが残っていたり、ファミレスで開いた本はタバコと料理の匂いが染み付いている。そして、そういうことに気づくことの連続が、本への愛着だったりするのだ。

本の歴史というのは匂いの吸着の連続だ。そうやって重なった匂いは、ヤフオクでも、アマゾンでも買うことは出来ない。

自分が韓流模試のボリュームを気に入ってるのはそういう意味もあるかもしれない。つまり、10回というボリュームがあるため、10回分の歴史の匂いが詰まるのだ。ある回はファミレスで解くかもしれない。そして、ある回は電車で解くかもしれない。そしてある時は、公園のベンチで解くかもしれない。
そういった匂いの蓄積は、自分の思い出を映しだす鏡のようなものだ。そういった本に愛着がわかないわけがないと思う。
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